シンド・フジができるまで5 高校生編

自然にもまれ、すっかり田舎の住人になった私も年頃になり、隣の郡の高校に進学しました。1学年12クラスもある大きな高校です。

制服のスカートはひざ上20cmの超ミニ。当時流行っていた60cmもあるスーパー・ルーズソックスを、一番足が細く見える位置にだぶらせてソックタッチで止めることに神経を注ぎ、ヴィヴィアンウエストウッドのハンカチにしっかりとアイロンを当てていました。

通学路はさらに遠く、駅までの道のりは自転車で30分、電車で40分、そこから徒歩15分かけて通いました。自転車を必死で漕げば、駅に着くころには靴下はすっかりずり落ちていました。

小学生の頃のいじめっ子たちは逆に地味で目立たない存在になっていました。

友達も一気に増えて、カラオケへ行っては安室奈美恵にglob、華原朋美などの小室哲哉ソングを熱唱し、プリクラで変顔写真を撮ったりと、定番の高校生活を送るようになりました。

 

そんなある昼休み、上級生に呼び出され、告白をされました。

何の心構えもなかったので非常にびっくりしましたが、その日の放課後、もう一人の上級生からも告白をされ、さらにびっくりしました。

その上級生2人は友達同士だったので、これは何かのドッキリだと思いました。

どちらも断るつもりで姉に相談したら、そのうちの一人がとても堂本光一に似ていて、その頃姉は堂本光一が好きだったので「もったいない!」と言われて付き合うことに。

しかし自分はどうも姉とは好みが違うと気が付いた私、2週間ほどでお別れしました。愛とは何かよくわからなかったのです、反省。

 

次に付き合ったのは同級生でサッカー部のH君。高校2年の秋でした。

1年の時は隣のクラスだったH君は、入学式で私に一目ぼれしてくださったそうです。そして翌日私の悪口を言った男子を殴って一週間停学になったそう。

そのエピソードを聞いた私はいたく感動し、好きになりました。

休み時間におしゃべりしたり、部活が終わるのを待って一緒に帰ったり、当時流行ってたバーバリーのマフラーをお揃いで巻いたり、誕生日には巨大なティディベアをもらったり…他愛のないことが幸せでした。

半年ほどで喧嘩して別れてしまったけど、これが私の青春の恋の思い出です。

(のちの同窓会で「まりちゃんがH君と付き合ってたのか不思議でたまらなかったわ。何か弱みでも掴まれてたの?」といわれる後日談付き。 H君はブサ…決してイケメンではなかったのです笑)

 

 

しかしその頃、私は恋よりも夢中になっているものがありました。

それはアルバイトです。

楽しい高校生活を送りながらも、「こんな田舎から抜け出したい」という気持ちは常にありました。高校を卒業したら都会へ出よう、その為にはお金を貯めようと考えました。

ホテルの配膳にアパレル店員、フードコートなど色んなバイトを経験しましたが、そのうち目的よりも一生懸命労働してお金がもらえる、その行為自体が楽しくてのめり込みました。接客業が性に合っていたのかもしれません。

 

それから私が都会に出たいもう一つの理由は、モデルになりたいということでした。

私は小学低学年からずっと、6歳上の姉が読むファッション誌に夢中でした。雑誌の隅々まで一字一句逃さぬ勢いで読んでいた私は、ファッションに目覚め、そしてモデルに憧れを抱くようになりました。

しかし モデルになりたいなんて大それた夢は、口にするのも、願う事すらも許されない気がして、ずっと心に封印していました。

ところが中学2年の頃、(何の授業だったかは覚えていませんが) 授業中に教師が「八頭身が一番バランスが良くて美人だ」といった話をしていました。例に挙げると観月ありさとかねって。

それから先生はおもむろに私を指さして、「うちの学校ではあなたくらいよ」と言ったのです。

一斉に注がれる視線に顔が一気に赤くなり、身を縮めましたが、心の中では小さくガッツポーズを取りました。

私には先生の何気ない一言が、こんな私にだって夢を見てもいいという許可に思えて、その瞬間私はモデルになりたいという気持ちが一気に溢れ出ました。

 

そんな目標を掲げたアルバイト、やればやるだけ結果が出て、学校では学べない社会経験が自信にも繋がりました。

 

夢は、人に希望を与え、強く成長させるのです。