シンド・フジができるまで最終章 そして起業へ

誰もが人生の中で一度や二度、このままの自分でいいのかと疑問にぶつかり、

もっと違う道があるのではないかと岐路立たされる事があるでしょう。

35歳の私は、まさしくそんな時でした。

子どもの時からの夢をかなえ、長年モデルとしてやってきたけれど、実は早い段階で自分は外見的にもまた精神的にもモデルは向いていないと気付いていました。

それでもどうしてずっと続けてきたかというと、ただ好きだったからにすぎません。

夢中になって追いかけてきたから、どんなに辛い事があっても、ここまでやってこれました。

しかしモデル以上に好きになれる何かと出会えたなら、迷いなくモデルを捨ててその道に没頭したいと、その「何か」をずっと求めていました。

そして35歳。私は自分の今いる状況に疑問が生まれ、これまで以上に強く「何か」を求めていました。

そんなある日、たまたま「観業展」のチケットをある人からいただきました。

観業展は中小企業等が一堂に集まり、技術力や企画力・商品のPR、販路の開拓等を行う展示商談会です。

正直チケットをもらったときは、ビジネスとか自分には関係のない世界だと思いましたが、これも社会勉強だと思って素直に行ってみました。

会場には数多くの企業でにぎわい、自分は少々場違いだと感じつつ歩き進めると、ふとある一角に、とても美しい色とりどりの靴下が展示されているのを見つけました。

すーっと惹きつけられるように近寄ると、それはシルクだったりオーガニックコットンだったり、かなりこだわって作られた靴下だと素人目にもわかるくらい素敵なものでした。

食い入るように熱心に見ていると、その靴下製造の社長さんが話しかけてくれました。

温活マニアの間では、冷えとり靴下というものが有名ですが、私はこれまで様々な冷えとり靴下を試してきました。その経験からもっとこうだったらいいのになと思う構造とデザインの冷えとり靴下が頭にあったので、社長さんにそのアイディアを話してみました。

すると即座に「出来そうです、早速サンプルを作りましょうか?」と言ってくれました。話をしているとその社長のお人柄の良さが製品そのものに現れていることもすぐにわかりました。

非常に心がざわつきました。しかし私はまだ起業も何も、どこの馬の骨のものかもしれません。「もし作ることになったらお願いします」と名刺だけいただいて帰りました。

 

それから…

 

それから…

 

私はあの美しい靴下が忘れられず、気がつけば会社を起こし、私オリジナルの冷えとり靴下を作り、販売していました。おかげさまでネットショップでは準備段階から注文が入り、すぐに欠品がでるなど、大変な反響をいただきました。

サラッと書きましたが、これまでモデルと主婦しかやってこなかった人間なので、「会社って何?法人って何?」というくらい無知でした。ひとつ物事を進めるたびに失敗し、その失敗を元に前進するという「3歩進んで2歩下がる」のような地道な作業を繰り返してきました。

それはとてつもなく面倒くさくて、辛くて、孤独な戦いでした。

余談ですが、私は会社を起こす1か月前に離婚をしています。起業と離婚は全く関係はありませんが、たまたま時期が重なった為、起業の準備に加え離婚、また息子の受験が一気に重なって、あの頃は1秒すらも気が休まる時がありませんでした。

でも何かにとりつかれたかのように駆け抜けました。

その理由もやはり、好きだったから。これにつきます。しかしモデル以上に好きになったかと言えば、同じくらい好きなものになりました。

私は好きになったらとことん一途です。だからモデルを辞めるのは当然だと思いましたが、当時の事務所社長に引き止められ、今でも続けています。私はその時、人よりも何倍も何十倍も努力すれば、二兎を追うもの両方手にできるという事を知りました。それと同時に、これは矛盾して聞こえるかもしれませんが、失うものや手放さなければいけないものもあると知りました。何を持って何を捨てるか、その決断と勇気が一番大事なのではないかと思います。

 

 

そうして起業から2年たち、現在社長とモデル、そして母親として3足のハイヒール(草鞋)を履いて毎日慌ただしく生きています。

会社はまだまだ軌道に乗ったとは言えず、起業してからの紆余曲折は半端なく、書きたいことが沢山ありますが、それはシンド・フジがもっともっと皆様に認められてから。

温活は私を救ったように、皆様にとっても温活は重要なサポートになると確信しています。温活がもっともっと身近になるように、また温活が美容法のひとつとして確立させるというのが、私の一番の目標です。

そのためにもっともっと精進してまいりたいと思います。

ここまでご愛読ありがとうございました。どうかこれからもシンド・フジをよろしくお願いいたします。

 

 

次回からは毎日できる温活美容法を紹介していきます。

 

 

 

 

 

 

 

シンド・フジができるまで10 起業の芽

自分の病気と母の死を経験し、今日こうして普通に生きているという事が、いかに有り難い事かを身に染みてわかりました。

それからというもの、冷え性関連の本を読み漁り、温活法や温活グッズを片っ端から試していきました。

「冷えは万病の元」と言いますが、

身体は冷えると血行が悪くなり、血行が悪いと身体に必要な栄養素が行き届かず、そこから不調や病が生まれるのです。

先の言葉はことわざくらいにしか思っていませんでしたが、すべての病の根源は冷えなのだと思い知らされました。

そして身体は一昼夜で冷え性や低体温になるのではなく、日々の生活習慣から少しづつ積み重ねでなるのだという事も知りました。               習慣によって生まれた冷えから脱却するのは、その冷える習慣を温める習慣へと変えないといけません。これもまた一日二日で改善されるものではなく時間がかかるものでした。

しかし正しい温活習慣を手に入れていしまえば、病気知らずの毎日です。

私は温活を始めてから2年で完全にメニエール病の症状は出なくなり、3年もすると風邪一つ引かなくなりました。                       そして温活を続けていると思わぬ副産物に出会います。            それ肌や髪まできれいになり、特別なダイエットなどしなくてもスタイルキープが可能になりました。

血行が良くなれば美容面でも効果を発揮する、よく考えれば当たり前ですが、これは嬉しくてますます温活にハマりました。

そうして温活歴が10年近くなったところ、私は35歳、モデルのキャリアも上がって、新人モデルのウオーキングレッスンの仕事もしていました。

モデルという仕事は自分自身が商品なので非常に苛酷です。モデルになりたての若い女の子たちが無理なダイエットをして生理不順になったり、体調を崩したりするのを何度も目の当たりにしました。

そしてその子たちが口々に冷えや低体温で悩んでいると言います。

このままでは健康を害し、将来不妊や重篤な病に繋がりかねないと心配しました。

しかし、私が心配していかに健康が大事で温活しなさいと言ったとて、今は若くて健康だから響きません。

私もそ歳の頃は、健康より美容の事しか考えていませんでしたから気持ちはすごくわかります。

私は数々の温活グッズを試した中で特に気に入ったものが、絹と綿の靴下を交互に4枚重ねて履く「冷えとり靴下」というものがありましたが、当時市販されていたものはナチュラル志向が強いものが多く、ファッション性重視の彼女たちには、薦めてもその良さに共感はしてもらえませんでした。

 

 

温活を健康法と言わず、美容面からアプローチすれば、この子たちにも響くのではないかな?

もっとファッショナブルでかっこいい冷えとり靴下なら履いてくれるのではないかな?

 

そんな思いが、その時ほんの小さく、沸きました。

 

その小さな思いがのちに私の人生を大きく動かすとは、その時は知る由もなくでした。